ブライトン・ウェスト・ピア Brighton West Pier

英国では19世紀、ヴィクトリア時代にpleasure pierという桟橋が多く作られたそうです。海岸から海に突き出して建設されるけれど 船を着けるためのものではなく、その上にレストラン、コンサートホール、劇場など様々な建物を建てて娯楽施設として使う桟橋です。 この時代には、急速な経済発展にともない新しい大衆的な娯楽が求められていたようで、それに応えてこのような不思議なものが出現したのでしょう。 鉄道の発達によりそれまでより手軽に遠くへ行けるようになったという事情もあります。 この時代は海水浴という習慣が広まった時代でもあります。 (参考)

また鉄が大量生産され鉄骨を使った橋などの構造物が多く作られるようになった という背景もあります。水晶宮が建てられたのは1851年、エッフェル塔が建てられたのは1889年でした。 ちなみに日本最初の鉄橋は、1868年(慶応4年/明治元年)長崎にできたくろがね橋だそうです。

"パッサージュとエッフェル塔"--( P a r i s + A r c h i t e c t u r e + H i s t o i r e )

英国最初(世界最初)の鉄橋"the Iron Bridge" - 日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

英国は緯度のわりには冬があまり寒くなく、また日本のように台風が頻繁に来るということもないのでこういった桟橋を設置するのに向いていたということもあったのでしょうか。(もっとも同様のものはほかの欧米諸国、オーストラリアなどでも作られたようです。 また日本でも1975年にアクアポリスなる物が作られたこともありました。) これらの桟橋の一部は今でも存在していますが、その中身は素朴な遊園地風の施設やゲームセンターに変容しており往年の華やかさは色あせてしまったようです。

イングランド南海岸、ブライトンのウェスト・ピアはこの種の桟橋のなかでも白眉というべきものでしょう。1866年10月の開業当初はまだシンプルなプロムナード・デッキ(といっても300メートルも海に張り出していた)という趣だったのですが、あとからだんだん建物が増えてにぎやかになっていきました。 全盛時代には年間200万人が訪れたそうです。(ちなみに2004年の東京ディズニーランド、ディズニーシーの入場者数は約2500万人だったそうです。)ヴィクトリア時代が終わったあともしばらくは華やかな時代が続いたようです。 いわばシャーロック・ホームズの時代からエルキュール・ポワロの時代にかけてが全盛期だったわけです。(それは英帝国の全盛期と重なるからだ、と言ってしまえばそうかもしれませんが。)しかし第二次大戦が終わってみると時代の様相はすでに変わっており戦前のようなコンサートホールを備えた優雅な桟橋が存在する余地はなく、遊園地風の施設に改装されたものの人気は衰えていきました。 1970年代から使われておらず廃墟になっていたものが嵐により破壊されていき、残念ながら2003年の火災で完全に失われて しまいました。復元、保存の動きはあるもののまだ目途は立っていないようです。陽光浴びる全盛期の姿をなんとかCGで再現でないかと考えました。

ところで英国の代表的な海岸リゾートであるブライトンには現在も「ブライトン・ピア」が存在しますがこれは1899年にできた「パレス・ピア」が改名したもので もちろん「ウェスト・ピア」とは別ものです。私はブライトンに行ったことは無く、ウェスト・ピアに関する知識はすべてウェブ上の資料から得たものですが、資料収集をやりだした当初二つの桟橋のうちのどちらの画像なのかという点で少し混乱しました。

その他のピア